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【紙無ケレバ】保田與重郎【空ニモ書カン】

1 :無名草子さん:2010/03/13(土) 17:51:05
1910年4月15日奈良県生まれ
東京帝国大学美術科卒、文芸評論家
1981年10月4日没

2 :無名草子さん:2010/03/13(土) 17:52:35
【ズバリ!文化批評】生誕100年、保田與重郎の世界[桜H22/3/12]
http://www.youtube.com/watch?v=J2M8X5QsMCo&hl

3 :無名草子さん:2010/03/13(土) 19:30:51
紙無ければ、土に書かん。空にも書かん。

4 :無名草子さん:2010/03/13(土) 19:54:31
西村幸祐 - 毎日が世界に広めた“変態”と“メタタグ”問題
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3866110
http://www.youtube.com/watch?v=H_Bzyf-NkGI
TBS「報道テロ」全記録  反日放送局の事業免許取り消しを!
http://www.amazon.co.jp/dp/4883805913
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4883805913.html

【チャンネル桜】 「TBSの犯罪」2−1(H18.12.20)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm988574

毎日新聞の犯罪(TBSと一緒にしておきますね)

1.南京・百人斬り捏造 → 無実の帝国陸軍軍人2名が死刑に
2.沖縄集団自決軍命令説捏造に荷担
3.従軍慰安婦捏造に荷担
4.坂本弁護士一家をオウム真理教に殺害させた
5.無防備地域宣言活動に荷担★
 (背後に居るのはMDSという、公安にマークされているマルキストの左翼過激派です)
6.不二家への過剰な批判(多分、韓国企業ロッテのシェアでも伸ばしたいのだろう)
7.変態記事を全世界に流布

5 :無名草子さん:2010/03/14(日) 01:13:35
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E7%94%B0%E8%88%87%E9%87%8D%E9%83%8E

6 :無名草子さん:2010/03/14(日) 01:14:28
松岡正剛の千夜千冊『後鳥羽院』保田與重郎
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0203.html

7 :無名草子さん:2010/03/15(月) 11:33:54
日本の民と国との歴史の上で、天地にわたる正大なる気を考へる時、偉大なる生の本願を、文人の信実として
表現した人は、戦後世代の中で、日本の文学の歴史は、三島由紀夫たゞ一人を記録する。
過渡期を超越したこの人である。
…三島氏は、日本人について、「繊細優美な感受性と、勇敢な気性との、たぐい稀な結合」と云つた。
そして「これだけ精妙繊細な文化伝統を確立した民族なら、多少野蛮なところがなければ衰亡してしまふ」と云ふ。
この史観と実践倫理を、彼の一代の生き方の上に重ねた時、わが身心は、たゞおののく感じである。

保田與重郎
「たゞ一人」より

8 :無名草子さん:2010/03/15(月) 11:34:24
三島由紀夫氏の最後の四巻本の小説は、小説の歴史あつてこの方、何人もしなかつたことを、小説の歴史に
立脚した上でなしあげようとしたのであらう。さういふ思ひが、十分に理解されるやうな大作品である。

三島氏も、人のせぬおそるべきことを考へ、ほとほとなしとげた。
そこには人間の歴史あつてこの方の小説の歴史を、大網一つにつつみ込むやうな振る舞ひが見える。

人を、心に於て、最後に解剖してゆくやうな努力は、私に怖ろしいものと思はれた。
三島氏ほどの天才が思つてゐた最後の一念は、皮相の文学論や思想論に慢心してゐる世俗者よりも、さういふものとは
無縁無垢の人に共感されるもののやうにも思はれる。
その共感を言葉でいひ、文字で書けば、うそになつて死んでしまふやうな生の感情である。

保田與重郎
「日本の文学史」より

9 :無名草子さん:2010/03/18(木) 10:16:40
私が三島由紀夫氏を初めて知つたのは、彼が学習院中等部の上級生の時だつた。
…そのあと高等部の学生の頃にも、東京帝国大学の学生となつてからも、何回か訪ねてきた。
ある秋の日、南うけの畳廊下で話してゐると、彼の呼吸が目に顕つたので、不思議なことに思つた。
吐く息の見えるわけはなく、又寒さに白く氷つてゐるのでもない。
長い間不思議に思つてゐたが、やはりあの事件のあとで拙宅へきた雑誌社の人で、三島氏を知つてゐる者が、
彼は喘息だつたからではないかと云つた。
私はこの齢稚い天才児を、もつと不思議の観念で見てゐたので、この話をきいたあとも、一応そうかと思ひ、
やはり別の印象を残してゐる。

保田與重郎
「天の時雨」より

10 :無名草子さん:2010/03/18(木) 10:17:04
彼がそのわかい晩年で考へた、天皇は文化だといふ系譜の発想の実体は、日本の土着生活に於いて、生活であり、
道徳であり、従つて節度とか態度、あるひは美観、文芸などの、おしなべての根拠になつてゐる。
三島氏が最後に見てゐた道は、陽明学よりはるかにゆたかな自然の道である。
武士道や陽明学にくらべ、三島氏の道は、ものに至る自然なる随神(かんながら)の道だつた。
そのことを、私はふかく察知し、粛然として断言できるのが、無上の感動である。

保田與重郎
「天の時雨」より

11 :無名草子さん:2010/03/18(木) 10:17:26
三島氏らは、ただ一死を以て事に当たらんとしたのである。
そのことの何たるかを云々することは私の畏怖して自省究明し、その時の来り悟る日を待つのみである。
私は故人に対し謙虚でありたいからである。
三島氏の文学の帰結とか、美学の終局点などといふ巷説は、まことににがにがしい。
その振る舞ひは創作の場の延長ではなく、まだわかつてゐないいのちの生まれる混沌の場の現出であつた。
国中の人心が幾日もかなしみにみだれたことはこの混沌の証である。

保田與重郎
「天の時雨」より

12 :無名草子さん:2010/03/18(木) 10:17:47
私は日本民族の永遠を信じる。
今や三島氏は、彼がこの世の業に小説をかき、武道を学び、演劇をし、楯の会の分列行進を見ていた、
数々のこの世の日々よりも、多くの国民にとつてはるかに近いところにゐる。
今日以後も無数の国民の心に生きるやうになつたのだ。
さういふ人々とは、三島由紀夫といふ高名な文学を一つも知らない人々の無数をも交えてゐる。

保田與重郎
「天の時雨」より

13 :無名草子さん:2010/03/18(木) 10:18:18
総監室前バルコニーで太刀に見入つてゐる三島氏の姿は、この国を守りつたへてきたわれらの祖先と神々の、
最もかなしい、かつ美しい姿の現にあらはれたものだつた。
しかしこの図の印象は、この世の泪といふ泪がすべてかれつくしても、なほつきぬほどのかなしさである。
豊麗多彩の作家は最後に天皇陛下万歳の声をのこして、この世の人の目から消えたのである。
日本の文学史上の大作家の現身は滅んだ。

保田與重郎
「天の時雨」より

14 :無名草子さん:2010/03/20(土) 12:39:34
国のため いのち幸くと願ひたる 畏きひとや
国の為に 死にたまひたり


わがこころ なおもすべなし をさな貌
まなかひに顕つを いかにかもせむ


夜半すぎて 雨はひさめに ふりしきり
み祖の神の すさび泣くがに

保田與重郎
昭和45年11月某日、哀悼の句

15 :無名草子さん:2010/03/24(水) 19:46:45
保田與重郎が最近若い連中にとてもよく読まれるようになった。
全学連でも何でも節を枉げない奴が好きなんだ。保田は節を枉げてない。

三島由紀夫
昭和44年11月
徳大寺公英との対談より

16 :無名草子さん:2010/03/28(日) 18:03:29
その遺書をよんだ時、同志の青年に対する心遣ひの立派さに私は感動した。三島氏の思想行為については、
今のやうな状態でも、私はなほとかくのことをいふことが出来る。並んで自刃した森田必勝氏については、
この青年の心を思ふだけで、ただ泪があふれ出る。むかしからかういふ青年は数量上多数といへないが、無数に
ゐたのである。かういふ見事さがあるといふことだけを示した。何も残さぬものが、永遠と変革と創造を、
流れにかたちづくつてきたのである。(中略)
三島氏は内外の人心の悲惨や荒廃のありさまを、優秀な文学者の直感で、我々の知らない不幸まで了知し、
人道滅亡の危機をひしひし感じてゐたのであらう。彼の近年の思想上の急激な上昇現象には、第一義の高尚な
原因がある。彼の政治論は、今日の時務論の次元でよめば全く無意味である。しかし彼は清醇な本質論を、
汚れたけふの時務論のことばでいひ、卑しい政治論の次元から説き起さうとした。私は身のつまる思ひがする。

保田與重郎
「眼裏の太陽」より

17 :無名草子さん:2010/03/28(日) 18:07:38
三島氏の描いた両界曼荼羅の金剛界は華麗無変の美文学だつたが、胎蔵界の解では、最も低級なものや、
人でなしまでも相手にせねばならぬと自身思ひ定めた。一見この空しい努力は、世俗といふ誤解の中へ投げ
だされてしまふ。しかし彼の思ひをこめたことばと振舞は、最も純粋に醇化された時の人の心の中で、人々の
かなしみをかきたて、さらにおびただしい若者の心に、考へることの無用な光りを、明りをともした。
偽りのもの、汚れたもの、卑怯なもの、利己主義なものは、皮相的な恐怖から、ありきたりのことばの罵倒を
しても、それによつて自己のいつはりと不安をうすめることは出来ない。無視するといふものは、沈黙して
無視しきれぬ卑怯な弱者である。正気の人はこの日民族の歴史をわが一身にくりたたんで、ものに怖れるべきである。
いつはりと卑怯に生きてきたものは、己の不安と恐怖の原因をしかと見つめることが出来ない。憎悪と猜疑しか
知らなかつたものは、明らかに最も怖れてゐる。

保田與重郎
「眼裏の太陽」より

18 :無名草子さん:2010/03/28(日) 18:09:52
三島氏の心は、正実な者の間の戦ひを信じつづけてきたのであらう。しかし詩人のゆゑに英雄の心をやどした
稀有の文学者は、古来、詩人や英雄のうけた宿命の如く、最も低い戦ひにつかれ、いやしい下等な敵に破れた
のである。その死の瞬間に、眼うらに太陽を宿すといつたことばの実現を、私はただちに信じる。私は真の文人の
いのちをこめた言葉を、絶対に信じるのである。実証主義の人々は、死を如何ほどに描いても、死の瞬間は
わかるものではない。甦つた者のことばはその瞬間の証ではない、死んだ者のことばはきくすべがないといふ。
しかし秒で数へられる時間の彼方の未知といふことの方を何故怖れないのか。
三島氏は自衛隊を外から見聞してゐたのでなく、内に入つて見てきたのである。まことに誠実の人である。彼の
旧来の不思議な奇矯の行為も、誠実の抵抗ないし反俗行為として解釈すべきところと私は思ふ。身丈を越える
程の著述を残した人の片言隻句をとり出せば、どんな愚かな低い形にも三島氏の像をつくることが出来る。
それはつくつた者のいやしさの証にすぎない。

保田與重郎
「眼裏の太陽」より

19 :無名草子さん:2010/03/28(日) 18:13:43
最終の振舞ひについての、もつともらしい見解も同じ方法で示せるだらう。さういふ見解は自分自身の低い次元の
卑屈な処世観となつても、森田青年のやうに、先人を越えてゆくものの心とは何のかかはりもない。森田青年の
心は、日本の正気だつたから、無言にして日本の多くの若者の心に今や灯をともした。このことを疑へる程の
無知のものは、卑怯と欺瞞の中にはないだらう。卑怯と欺瞞はインテリを必要とし、世間の無知ではないからである。
森田青年の刃が、自他再度ともためらつたといふ検証は、心の美しさの証である。やさしいと思ふゆゑにさらに
かなしい。私はその人を知らない。そして悲しい。二十五歳がかなしいのではない。このかなしさは、語り解く
すべを知らないが、あたりまへの日本人ならばわかるかなしさである。かなしさにゐる時は、決して顧みて他を
語らないのである。三島氏が、自分よりも、森田氏の振舞ひはさらに高貴なものであつて、彼の心をこそ
恢弘せよと云つてゐるのは、尊いことばである。

保田與重郎
「眼裏の太陽」より

20 :無名草子さん:2010/03/28(日) 18:15:28
恢弘とは神武天皇御紀にあらはれる大切なことばで、今あるものをひろめ明らかにせよといふ意である。
なくなつたものを復興せよといふのではない。時に当つて、細心の用語である。(中略)
彼の文化防衛論の根底にあるものは、所謂右翼的な利己的民族主義ではない、宗派神道的な世界統一の国際
宗教的な思想でもないのである。私はこれらの自覚を新しい世代に望み願ふより他の方法を知らないのである。
森田氏の行為の心は、右翼の心でもない。勿論左翼のどこにも見られない。師に殉ずといつた現象解釈など何の
意味もない。わが国六百年の武士道の歴史に於て、例を知らない純粋行為であつたと私は思ふのもかなしい。(中略)
三島氏は己の死後に、よつてたかつて云ふ人々の悪罵や、さかしらを見せるための批評、低俗そのものの証の
やうな見解といつたもののすべてを知りつくしてゐた。(中略)
マスコミが今度の自衛隊に関して口をとざしたのは、共通する政治性に原因があるのではなく、人性の世渡り
観念に於て、同一の腐泥のありさまゆゑであらう。これは不潔の妥協である。

保田與重郎
「眼裏の太陽」より

21 :無名草子さん:2010/04/01(木) 10:36:54
わが国の民間人の歴史では、拝む神が何さまといふことよりも、拝む人の心のあり方が、世の中を決定した。
しかもそのことを本人はときあかさないのである。
さうした三島氏自身が、自分の仕事のすべてが、自身の末梢神経の働きで出来たものだといふやうな、空虚観と、
同時的に混沌の茫大な世界を眺めたやうに思はれる。
客観的に同時代の文士を懸絶してゐる彼のすぐれた文章が、彼の末端神経の所作のやうに私には思はれるのである。

保田與重郎
「天の時雨」より

22 :無名草子さん:2010/04/07(水) 13:05:21
(ドイツロマン主義の「イロニー」とは)日本でいえば「幽玄」とか「もののあわれ」とかいう用法に似ています。
そういうロマン主義が日本に再登場するために、三島さんは一つの橋渡しにはなる。少々間違うてもかまわん。
一つの部分だけでもとっかかりにして三島という踏み台に跳び乗る人が出てくれば、彼も生きてくる。
雰囲気を持った人やからね、そういう可能性は多分にある。三島さんなら、そういう踏み台になれるかもしれん、
いや、なってほしいと思う。

保田與重郎
「三島由紀夫は蘇るか」(朝日ジャーナル1975年11月14日号の特集)」より

23 :無名草子さん:2010/04/07(水) 13:07:30
南北朝のころの北畠顕家が、あっというまに五万人の若者を集めて戦って、二〇才そこそこで戦死した。あの
五万人は南朝の名誉のためというだけで顕家についていったわけやない。
西南戦争でも、当時としては極右から極左まで、みな別別の思惑で西郷隆盛に従ったんやな。私には戦争末期に
軍部の監視がつき、戦後はアメリカの監視がついたんやが、そのアメリカのスパイみたいな男が、西郷は出陣に
際していったいどんな演説をしたんかとききよった。まあとにかく指導者が問題ということやな。

保田與重郎
「三島由紀夫は蘇るか」(朝日ジャーナル1975年11月14日号の特集)」より

24 :無名草子さん:2010/04/07(水) 13:10:08
北一輝と大川周明が違うとったように、右翼の人はみな違ってるが、権力主義と財力主義がいかんことは
はっきりしてるね。三島さんもそんなものは歴史やないと気づいて、インド哲学なんかに興味を持ったり
したような気もするな。

保田與重郎
「三島由紀夫は蘇るか」(朝日ジャーナル1975年11月14日号の特集)」より

25 :無名草子さん:2010/04/07(水) 13:10:51
三島さんは(『文化防衛論』などで)大嘗会ということを書いていますね。私はこれは一番大事やと前から
思ってきた。日本人は天からくだされる新熟のコメに、道徳から何から何まで圧縮してきた。それは天地循環、
天壌無窮の象徴であって、そういう点で天孫降臨ということにつながるんやな。天皇のご即位はその再現であり、
大嘗会は天皇と民族が約束を果たしたことの祝祭やった。私は戦争中にそういうことばかり書いて軍部に
にらまれたりした。三島さんのコメの霊というのはちょっとわかりにくいが、彼が最後に到達したのは、
そういう大嘗会の思想と違いますか。というても、彼は最高に理性的な、本当に学者らしい面のあった人やったから、
『英霊の聲』のようなもんは書きはしたけれど、決して邪教にはいかん、おかしな民俗学にはいかん人です。

保田與重郎
「三島由紀夫は蘇るか」(朝日ジャーナル1975年11月14日号の特集)」より

26 :無名草子さん:2010/04/07(水) 13:13:27
三島さんを尊敬する若い人たちはよう来るが、あまりしゃべらんね。いわんでもわかることが尊い。
三島さんは、知られれば、知られるほど純化されるんやないかと思う。そうなってきて、今までとは違う本当の
影響力が出てくる。歪曲や虚像化の危険はないとはいえんが、結局は美化の方向が勝つ。美化というのは、
人間の持っている一番大事な力の一つやね。戦前ニーチェをたった二行で表現した人がいる、ニーチェの全部を。
純粋無雑なものは本来そういうもんやね。三島さんもやがてそうなるかもしれんね。二行で十分表現されるようにやね。

保田與重郎
「三島由紀夫は蘇るか」(朝日ジャーナル1975年11月14日号の特集)」より

27 :無名草子さん:2010/04/23(金) 00:20:29
保守

28 :無名草子さん:2010/05/17(月) 19:16:54


29 :無名草子さん:2010/06/26(土) 23:41:24
ほし

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